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母と娘

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先日、アメリカから一通の封書がやってきました。差出人は娘から。
封を開けると、大きなうさぎのカードと
どれもこれも楽しそうにしている写真のアルバム。
 
←うさぎが卵をもっているカード。
 
イースター(復活祭)のお祝いらしい・・・。
「生まれる」というところから、卵、
多産なのと、飛び跳ねる様子が生命の躍動を
象徴するということで、卵とうさぎは、
イースターのシンボルらしいですよ。
 
  
カードを開くと、「お母さんの人生は、ほんとに山あり谷ありの・・・・・・と始まり
(中略)・・・・社会にたくさんお返しができるように最善を尽くしますが、どんな結果になっても裁判は起こさないでください。自由気ままな娘より」とありました。
 
 
 
人は、社会に役立つために生まれる。
社会の一員として、無くてはならない人として存在していくべき。
それを成し遂げるために、私はあなたを育てているのだと言うのが私の口癖。
 
ただ、役立とうにも、自分の才能や役割を自覚できなければ、使いようがありません。
なので、彼女がその才能や役割にできるだけ早く気づけるように、
親として、精一杯の役割を果たしているに過ぎないのです。
 
そして、こんなに投資をしたのだから、その分、社会にお返ししないと
損害賠償裁判を起こすからね~というのも私の口癖。笑
 
小学生の時に、誰も知り合いのいないツアーに一人で参加して海外へ行きたいと言ったとき
1週間ほど眠れなかったことがあります。
単に、かわいい我が子としてチャネルを合わせれば、心配で行かせられない。
でも、一日も早く自立させ社会の一員にするという目的にチャネルを合わせれば
行かせた方がいいに決まっている。
でも・・・という葛藤に悩んだ時間を今も鮮明に記憶しています。
  
行かせることを決めた私に「冷たい親」とおっしゃる方も何人かおられましたが、
満面の笑みを浮かべて、関西空港のゲートを出てきたときには、
行かせてよかった・・・と思ったものです。
 
高校生の時のホームステイもそうでした。
出発してから一週間ほどは、玄関の靴を見るたびに、「ああ・・いないんだった・・・」と
ウルウルしていたものですが
ある日、「私はお母さんの子供に生まれて良かった」とメールがやってきたときは
淋しさや心配を優先させなくてよかった・・・と思ったものです。
 
そして、今。
便利な世の中になりましたから、遠く離れていても、
パソコンの電源を入れたかどうかがわかります。
 
「オンライン」というサインを見て、今日もちゃんと生きているね・・・とホッとする時間です。
 
そうやって、遠くから見守る愛みたいなものを、リアリティのあるものにしている「今」
 
社会人として巣立つまで、あと少し・・・
最後のラストスパートというところですが、
   
これから、落ち込んで撃沈することがあっても、
このカードを見て、キリストのように3日目には復活したいと思います 笑
 
ありがとう。
 

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