電車の中から家や人、景色を眺めるのが大好きなのですが。
乗り換えの京都駅はちょうど通勤時間帯でした。
奈良行の電車の中で出発を待ちながら
隣のホームに到着した電車からたくさんの人が降りてくるのを見て
違う!
同じ日本人だけれど、
あきらかに、東京の人とは違い、もちろん、富山の人とも違う。
ほんの電車で2時間あまり移動しただけなのに
どの人も、どの人も、違う。
新鮮で不思議な感じ。
そう思うと、生まれ育った土地というのは、
とても意味のあるものなのだろうなと思います。
かつて、友人が都会から沖縄に引っ越した時もそう思いました。
そのご家族を辿ると、その家系には沖縄諸島の血が脈々と流れていて。
資本自由主義の中で、どこでも自由に移動でき、どこでも自由に住む権利があるけれど
実は、ちゃんと脈々とした何かのところに収まっていくのがいいのだろうと思います。
生まれ育った土地や両親を受け入れるとは、
自分を認め、受け入れること。
そこから始まる世界があり、
そこからしか、広がらない世界があるように思います。
帰りは、夕日が迎えてくれました。