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言葉というもの

最近、時間の流れがとても速く
ブログも、書きかけにしておくと、
アップするまでのあいだにも刻々と変化していくので、
あっという間に「過去のこと」になっていまい、
誰の目にも触れないまま、終わっていくことが多々あります。

そう言えば、今日、コズミック・リーディングした本にこんな一節がありました。
「お釈迦さまやキリストさまは、自らの言葉を書き残すことは無かった」

たしかに。
歎異抄も聖書も、弟子によって書かれたものです。

その本には、その著者が思う理由も述べられていましたが
その通りと思いながら読んでおりました。

人がすれ違いを感じるとき、
必ず「言語」が介入していることが多い。
言ったとか、言わないとか。。。。

今日も、そんな話題が持ち上がっておりました。

12:60という周波数にどっぷり共振している人類は、
自分の概念でしか「言葉」を聞けないようになっていて
すべては、自分で創った世界の中にいるのです。

それは、嬉しい言葉も、傷つく言葉も、同じに。

言葉の使い方は、本当に人それぞれで、
時々、「え゛~ そこで、それ使いますか!?」という場面に遭遇したりします。
その真意はどうであれ、受け取った人には、受け取った世界しかありませんから
気をつけなければなりません。

そのような誤解をゼロにすることは、難しいのですが
不本意な言葉を受け取ったときに、
受け取ってしまった側が、
一度は、真意ではないのだろう。。。と思ってみるしか
負の連鎖を止めることはできない。。。とつくづく思うのです。

「○○さんが、こう言ってたよ」
それは、そう伝えている人の言葉に過ぎないことを、
いつも忘れない自分をどこかに持っていると、楽に生きられることが多いかもしれませんね。

そして、13:20の周波数は
それらを、一旦、無にすることができる才能を開花させます。

だから、何も無かったかのように、また、会話ができます。

今、ここから。
新しく。

新しいコズミック・ダイアリーが発売になっています。
進化のために、ぜひ、お使い下さい。

7月15日 著者柳瀬さんの講座が富山で開催されます。
無になる智恵を身につけるために、ぜひ、ご参加ください。

無限の可能性へ。

 

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