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ホワイトクリスマスですね~

しんしんと雪が降って・・・
ホワイトクリスマスですね☆
 
恋する乙女時代は
どれだけこのホワイトクリスマスに憧れたことでしょう 笑
そして、どれだけホワイトクリスマスになるように祈ったことでしょう。
 
先ほど帰宅途中、どんどんと降り積もる「雪」を見ながら
そんなことを思い返しておりました。
 
そんなロマンチックな時間も
どんどん遠ざかり続けている今日この頃ですが 笑
みなさまは どんな時間をお過ごしでしょうか。
 
クリスマスと言えば「キリスト」 
私たちに目覚めるとは何かを伝えた存在。
 
さて、目覚めるとは・・・
 
私たちは疲れた・・・とか 痛い・・・とか、しんどい・・・とか思いますよね。
また、悲しい・・とか、淋しい・・・とか、傷ついた・・・とか思いますよね。
そう感じている自分を自分だと思っている。
 
だから、自力で何とかしようとし始めますが、
それらを作った原因だと認識しているものがどうにもならないとき
それらはすべて「苦しみ」となります。
 
そして、苦しんでいる自分が「自分」だと思ってしまうのです。
  
でも、キリストが伝えようとしたのは
それこそが無明の状態。
早く目覚めなさいよ!ということ。
それはブッダも同じかも知れませんね。
  
ところが人はなかなか苦しみを手放そうとしません。
悲しみも、淋しさも、傷つきも
誰かによって、あるいは何かによって
外からもたらされたものだという認識があるからです。
   
手放して何事も無かったかのように元気になったら
それらをもたらした人は何の気づきもなく過ぎ去ってしまい
自分ばっかりが損をするような感覚にさえなってしまう。
  
私も悪いと思うけど、私ばっかりじゃないのに! なんてね。笑
ましてやその相手がお気楽そうにしていたり
幸せそうにしていたりすると、余計に手放せなくなります。
手放していたはずなのに、わざわざもう一度拾い上げに行ったりもします 笑笑笑
(そうそう、最近ツイッターで騒動があったように・・・ですね)
  
  
昨日、片付けをしていてとっても懐かしいあるものを見つけました。
その時、ふとキリストを思いました。
「目覚めよ」 そんな声が聞こえたような気がしました。
 
自分にとってこの世にこんなひどい事は無いというくらいの
言葉が綴られた2枚のレポート用紙。
理不尽極まりない とはこのことだと十年経ってもそう思ってしまうほどのもの。
  
そんなものは捨てた方がいいに決まっているのに
捨てられずいたもの。
 
でも、たった一言「目覚めよ」という言葉を聞いたような気がして
迷わず捨てました。
 
あれほど悲しんだり、傷ついたりしていた自分。
記憶には残りますが
だからどうするという行動の基準にはなりません。
 
出来事を通して生まれるジャッジする心。
真の善悪は、人間が決めることではないですからね。
でないと、永遠に戦いは続きます。果てしない波の中に・・・・。
 
キレイさっぱり 心の大掃除~!
 
悔いもなければ、未練もありませ~ん! 笑  
いくらあきらめの悪い私でも、もうトライはしませ~ん!
 
必要な時に、必要なものがやってきて、必要なときに、去っただけ・・・
古代マヤの人たちのようにね。
 
ということで、みなさまも大掃除いかがですか~
 
 
bansan.jpgそうしているうちに、次に見つけた一枚の絵。
「最後の晩餐」です。
 
すべてのものに、平等に与えたキリスト
その愛と許しを
私たちは学ぶ時が来ているのでしょう。
 
クリスマス
キリスト意識にも思いを馳せて・・・
 
 
 
 
一面銀世界に包まれたように
すべての人にきらめく幸せな時間が続きますように・・・。メリークリスマス!
 
 
 
B055.jpgオーラソーマボトル#55 キリスト
クリア/レッド
 

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